宮島(弥山:みせん)登山

 ここのところハイキングや山登りに行く機会が増えて、どういうわけか今年のお盆の帰省は宮島に行くことになった。日本三景の一つ、世界遺産の『宮島』である。田舎が広島(東広島市)なので、これまでにも何度か行ったことはあるし、たぶん幼稚園に通っていた時分にも家族で出かけたことがある(らしい)。状況は良くは覚えていないのであるが、恥ずかしながら、そこで私が迷子になったそうである。宮島の話が出るたびに、そのときの話題が出て、今でも酒の肴にされている。従って、私にとっては『宮島』はしばらく近寄ってはいけない場所、特に『弥山』(みせん:宮島の中央部にある古くから信仰の対象となっている山)などは話題になって欲しくない場所であった。聞くところによると、家族で『弥山』に登って、その下山途中、私が飛行機のまねをして両腕を真横に広げて『ブーン』と駆け下りたらしいのである。その後、いくら待っても家族は降りてこないし、最後は出店の茶屋の縁台に座らされて、店の人にラムネをごちそうになっていたらしい。それ以来、何度もその話を聞かされるものだから、今ではそれが自分の記憶なのか家族から聞かされた話なのか区別がつかなくなっている。まあ、泣きもせずに(最初は泣いたのかも知れないが)ラムネを飲んで待っているあたり、後に大物(?)になる片鱗を見せていたのかも知れないが、この年になるまで『宮島・迷子』の話はついて回っている。
 
 私の両親も亡くなって、だんだん自分の子供の時の話も出なくなって、まあ次の世代のために宮島には一度は連れて行ってやりたいと思ったのであるが、広島の実家に手伝ってもらって下準備は万全に整えた。広島プリンスホテル(宇品港のすぐそば)から、高速船に乗り一気に宮島上陸を果たすパターンである。普通は電車で宮島口まで行って、フェリーで対岸の島に渡るのだが、この高速船は本当に高速でほんの30分もしないうちに島に着いてしまった。ちょうどお昼頃が干潮の時間帯で、うまくすれば海の中の大鳥居のところまで歩いて行けるはずである。ネットでこの時期の潮位が日にち単位で掲載されており、これも下調べに落ち度はなく、予想どおり大鳥居まで歩いて行くことが出来た。この鳥居から見上げる『弥山』(標高535m)は気のせいか神々しく、厳島神社の回廊を回ってゆっくりお昼でも食べて帰るのも有りだと思っていた邪念が吹き飛んだ。これは、頂上まで登るしかない。
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 厳島神社の回廊を横目に見ながら、少し歩くとロープウエー乗り場までのシャトルバスの発着所があった。ここで炎天下少し待たされたが、なんとかバスに乗ってロープウエー乗り場に着いた。お盆休みとあって、ここも長蛇の列で、乗り込むまでに約30分かかった。後で考えれば、ここの30分が後の行程にひびいて来るのであるが、まあ、なんとしても頂上を目指そうということになった。ロープウエーは途中でやや大型のものに乗り換えて山頂を目指すのであるが、ロープウエーの終点から『弥山』の山頂までは、まだ大分ありそうである。下から歩いて登ってくる人もあるくらいだから、頂上近くまでロープウエーで楽をした身から考えれば、残りの1km(標高差は100m位か)は全く問題ないはずであった。が、頂上に近づくにつれて、日光を遮るものが少なくなり、折からの真夏日である。しかも、ロープウエーを降りてから、すぐに登り始めるのではなくいったん数百m下ってからまた登ることになっていた。これが意外にきつく、ようやく弥山神社(山頂まではまだ数百mの地点)に着いた頃には、家族全員息が上がっていた。ここから山頂までにはいろいろな岩や社があり、霊峰の名にふさわしい場所があるはずなのだが、時間的に帰りの高速船に間に合わないという結論に達し、結局登頂はあきらめた。
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 帰りも、時間を気にしつつ半ば駆け足でロープウエー乗り場にたどり着き、ロープウエーの中で息を整えながら、水分補給しながら到着を待った。ロープウエーを降りてからは『紅葉谷』を一挙に駆け下りて厳島神社まで降りてきた。この時点で、帰りの高速船の出発時刻になってしまい、結局船着き場まで10分の地点で、乗り遅れる結果となってしまった。ただ、ちゃんとバックアッププランは用意してあり、フェリーで宮島口に渡り、JRで広島駅まで戻り、帰りの新幹線には余裕で間に合った。反省点としては、お盆の行楽シーズンにもかかわらず、無謀な時間設定をしたことがあげられる。でも、ぎりぎり間に合わなかったとはいえ、今回の強行軍をなんとかこなしたという満足感は残った。帰りは、すでに潮が満ちていて大鳥居も海の中に浮かんでいた。
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 それにしても、この年になって『紅葉谷』を再び『ブーン』と家族で駆け下りるなんてことは想定外であった。
 
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鎌倉ハイキング

 平成28年6月、梅雨の一休みの中、鎌倉にハイキングに出かけた。家内曰く、山ガールのデビューにふさわしい鎌倉周辺の山歩きコースという触れ込みで、『天園ハイキングコース』(別名鎌倉アルプス)という横浜で最も高い山を経由する全行程約3時間のルートとの事である。山ガールというより山姥(やまんば)と山爺(やまじい)の散策ではあるが、今回はどういうわけか娘とその彼氏も一緒の4人道中であった。

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 朝8時に家を出発して、東横線で横浜に、横須賀線に乗り換えてすぐに出発地点の北鎌倉に到着した。『北鎌倉』というからにはある程度大きな駅を想像していたが、出口は1カ所だけの駅内に踏切のあるような小さな駅であった。人もびっくりするほどは多くはない。道沿いに歩いていると、左側に『明月院』という看板が見えてきた。かの『あじさい寺』で有名なお寺である。ここにはまだ来たこともなかったし、せっかくだから少しハイキングの前に寄っていくことにした。

 山門までの小川沿いの道を右側通行で歩いて行くと、そのうち行列の最後尾に出くわした。どうやらかなり混んでいるらしい。10分も並んでいるとようやく入り口に到達したが、入るのに一人500円かかるらしい。お寺の斜面に沿っていくつかのルートが作ってあり、どれを通って上がっていってもいいらしいのだが、行列になっているので途中で引っ返す事もできない。そのまま、斜面を上がってから下りルートを降りてきた。あじさいも前日の炎天で元気がなく、数えたわけではないが、あじさいの数よりは人の数の方が多いのではないかと思い、この季節の『あじさい寺』は近寄ってはいけない場所だと悟った。

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 その後、又ハイキングコースに戻って、最初のチェックポイント『建長寺』に到着した。地図だと左脇の道をすり抜けて『半僧坊』という所に登って行くようなのだが、地図に出ているスリ抜け道が柵で閉鎖してある。正面から入る必要があるらしい。ちゃんと券売所があってここも一人300円なり。まあ、裏の山道に入る入山料も兼ねているのだろう。 『建長寺』脇を抜けて突き当たりに急な階段があるが、地図によるとここが最初の難関であるらしい。いざ、気合いを入れて階段を上り始めたが、これが意外にきつい。何度か折れ曲がりながら登って行くのだが、途中息は切れるし足は重くなるし、久々に『間欠性跛行』なるものを体感してしまった。でも少し休めば、呼吸は整うし、足もまだ頑張れそうである。日頃の運動が足りなくて鈍ってるだけのようである。

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 ようやく『半僧坊』という場所に到達して一息入れた。景色も絶景なのだろうが、当日は少しもやがかかっていて、おまけに眼もかすんで景色などに見とれている余裕はない。良くは分からないが一気に100m位は登った感触である。『半僧坊』でこれなら、とても坊さんなどにはなれないなと思いながらさらに登ったり、少し下ったりを繰り返しながら、ひたすら木陰の林道を小一時間歩き続けた。木陰はまだそれほど暑くはなく、前日と比較して少し曇っていた事もあり、なんとか横浜市で一番高い所という、『大平山』159mという地点に到達した。どうやらここは鎌倉市ではなく横浜市らしいが両市の境界線上なのだろう。あじさいで思わぬ時間の浪費をした割にはまだ午前11過ぎである。その後、何となく開けた場所を通って、ゴルフ場の脇を抜けて、少し下ったところに本日のお昼を予定していた休憩所があった。(後で気付いたが、そこは『峠の茶屋』ではなく、『天園休憩所』で、『峠の茶屋は』すでに閉店してしまったらしい。)

 入り口に自動販売機が2台あり、その奥にベニヤ板で組み立てたようなテーブルと木製ベンチがあって、ようやくゆっくり腰を降ろして座ることが出来た。名物?の『おでん』と『とうふ汁』と『おにぎり』を頼んで、待つこと30分、いい加減忘れられたかと思う頃に、やっと昼食にありつけた。『おでん』?の中にうどんが入っており、メニューの張り紙をよく見ると小さく赤字で『うどん入り』と書いてあった。『おでん』という字も達筆で、よく見ると『おどん』と読めなくもない。『とうふ汁』も『おでん』との違いがよく分からない物で、味はやや薄味だったが、一汗かいた後の空きっ腹にはおいしかった。

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 食後は腹ごなしをかねて、相変わらずのでこぼこ山道をひたすら下るのであるが、横は崖であったりして、落ちても死にはしないだろうが、骨折くらいは覚悟の下山であった。いい加減足もがくがくした頃に木陰を抜けるといきなり舗装された道路に出た。そこから『瑞泉寺』の山門を横目に見ながらさらに鎌倉宮まで下るのであるが、途中の道端のあじさいがきれいで、ひょっとして『あじさい寺』よりきれいだったかも知れない。大学生の頃、鎌倉に住む友人に『瑞泉寺』が『あじさい寺』だと教わって長い距離を歩いて、結局間違いだと分かって文句を言った覚えがあるが、『瑞泉寺』そばの道端に咲くあじさいは人波に邪魔もされないし写真も撮り放題だし、この時期にあじさいを見るにはここに限ると思った。(これは個人の感想です)

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     その後、舗装された道路をのんびり歩いて最後は『鶴岡八幡宮』に出て、鳩サブレーで有名な豊島屋の直営喫茶で一服した後、小町通りを通って『鎌倉駅』に到着した。小町通りの混み具合も半端ではなく、出発が『北鎌倉』であったのは正解だった。鎌倉散策も3回目位になると、要所要所の大体の位置関係は頭に入ったし、距離感覚もつかめてきた。ただ、時間の関係で『鎌倉大仏』に行けなかったのが少し残念であった。

ペットの異変

 ここ数ヶ月の間に飼っている動物にいろいろ変化があった。

 1匹は長年飼っているビーグル犬である。だんだん歩けなくなって、朝晩の散歩も時間がかかるし、おまけに食がめっきり細くなってしまった。便も下痢のような便を頻回にベランダにしているし、これはもう寿命も近いのでは思っていた。食べない割にはお腹は凹んでこないし、腹圧もかけられなくなったのではと思っていた。とうとう散歩に出かけても抱いて帰るような状態となり、無駄かも知れないけど新しく見つけた獣医さんに連れて行くことにした。
 ペットクリニックには狂犬病の予防接種のシーズンなのか、待合の椅子が一杯になるくらいの保護者付きのペットたちが並んでおり、きょろきょろはするが、みんなおとなしく順番を待っている。床でハァハァゼコゼコ言いながらうろうろしているのは、うちのビーグルだけである。このおとなしいペットたちはきっと自分は犬や猫だとは思っていないに違いない。もちろん、長年一緒にいるペットはいつの間にか家族の一員となり、待遇も家族並みになってしまうものだから、人とか犬とか区別していないに違いない。主人の言うことは聞かなければならないし、知らないところにいるときは、とりあえず主人の膝の上に座っていれば安心なのである。
 ひとしきり待って、ようやく診療終了(PM7:00)の少し前になって診察室に呼ばれた。診察室には、パソコンとレントゲン表示用のモニタ、角には超音波検査機器が置いてあり、そのどれもが最新式のものであった。診察台の上に上げられ、ひとしきりお腹を触って診て『ずいぶんお腹が張っていますね。』と。最近の食欲低下と下痢様の便しか出ていない状況を説明して、とりあえず超音波検査をして貰う事になった。プローブを当てた瞬間、パンパンに張った腸管様のしこりが描出され、『子宮蓄膿症ですね』との診断が下された。このビーグルはもう13才を超え、人間で言うと80才近いおばあちゃんである。子犬を産んだ事はない、文字通りの箱入りばあさんである。結局、緊急手術をしていただいて一命を取りとめた。今では年下のチワワと同じくらいのスピードで歩けるが、そこら中嗅ぎ回るので、散歩は前にも増して大変である。

 もう1匹は、5年位前から飼っている亀である。クリニックの看護助手が拾ってきた物(者)で、いつの間にか『カメ太郎』と呼ばれて、順調に成長してきた。もう片手でつかみ上げる事が出来なくなる位に成長して、今は真上からはこっちの手幅が足りなくてつかめない。横から本の様につかんで、別の入れ物に移動させて水槽を掃除している。 10日くらい前から、こいつも食べなくなった。まだ朝晩少し涼しくて、昼間は暑いくらいの日が続いたので、お腹の調子を崩したかと考えた。
 こういうときは絶食に限るが、1週間近く何も食べないでいると心配になってくる。便も殆どしないので、これも腹の中に何かがつっかえたのかと考えた。インターネットによるとカメの腸閉塞とあって、手術の事なども書いてあるが、拾ってきたカメにそこまでやるのかと考えあぐねていた。でも、このまま具合悪くなって死んだりしようものなら、一番かわいがっている看護助手がショックで働けなくなっても困ると思っていた。
 そうこうしているうちに、ある朝水槽の水場に白い丸い物が大小複数個あるのが発見された。どうやら卵らしくて、カメが産み落とした物らしい。『カメ太郎』などと呼んでいたものだから、てっきりオスとばかり思っていたが、どうやら女性だったらしい。でも、こんな大きな物がどこから生まれ出た物やら。今は、カメの名前を変えなければと職員一同思案している。

 短期間で、2件とも婦人科?系統の病気と言うか異変であった。『女性の腹痛を診たら妊娠と思え』というのは、医学生の頃からの基本中の基本である。動物とは言え、こんなことにも気付けなかったのは、医師としてまだまだ未熟者であると悟った。 

 

色鉛筆

 学生時代から学習スタイルというか勉強方法というか、物事を覚えるのに各自が自然に身につけた方法というものがあると思う。身につけたと言うか、いろいろやっている内に自分に合ったスタイルというものが出来上がってしまったと言うべきだろう。私の場合は学習書を読むのに、まず赤の色鉛筆で線や印を書き込んでいくのである。それは単なる下線や波線であったり、○で囲んだものであったり、時には星印や山印であったりする。試験勉強の時に、これは出そうだという所に山印がつくのである。二度目に本を読み直すときには、もっぱらその印のついた所を重点的にたどる。教科書ならこれで良いが、学習参考書の『重点まとめ』ともなると、うっかり同じ方法をとると本が真っ赤になったりする。でも、この長年かけて身に染みついた学習方法からは簡単に離れられそうもない。印をつける色鉛筆にしても、M社のVERMILIONでなくてはならない。うっかり硬い色鉛筆でも使おうものなら、全く頭の中に入らないのである。芯が適度の柔らかさをもっており、十ページも参考書を読むと再度鉛筆削りで削らなければならない。これを4~5回位繰り返すと疲れてきて、そろそろ休憩するかと言うことになる。
 最近は、資料や機器の取扱説明書がPDFファイルで配布されることが多くなってきた。困ったことに、これはパソコンやタブレットで簡単に読めるのであるが、いっこうに頭の中に残らない。一時は頭の老化のためだろうと思ったが、PDFファイルをプリントアウトして色鉛筆で赤線を引くと、不思議とその部分は頭に残るのである。
 書籍をスキャンしてPDFファイルとして持ち歩く(自炊と言うらしい)人も多いらしいが、多くの書籍やマニュアルがiPadの中に入っていると確かに安心感はある。最近のGB(ギガバイト)単位の容量があれば、百科事典なども平気で入ってしまうだろう。ということは、自分の頭の中には索引だけあって、内容はiPadの中という事も可能なわけである。
 昔、ワープロを使い始めた頃、手書きでは漢字が思い出せなくなって苦労したことがある。今はパソコンが適当に文脈に合わせて変換してくれるし、同音異義語などはそれぞれの意味まで出してきたりする。でも、そういった機能のないスマホなどでは、相変わらずとんでもない誤変換をしたままメールを送ったりしている。送られてくるメールや紹介状の返事などにある相手の誤変換も、最近はあまり気にならなくなってきた。でも、人との会話の場合、いちいち確認のためにiPadを引っ張り出すのもいかがなものかとも思う。会話というのは微妙なタイミングとか間というものがあり、資料を探すのに相手をいらいらさせてしまっても、スムーズなやりとりはできないだろう。
 
 現在は、PDFファイルに自由に下線を引いたり、付箋をつけたりできるソフトをiPadに入れて、それが使い物になるかどうかを試している。タブレットペンも使える様になったし、できたら色鉛筆と同じように筆圧を感じて線の太さや濃さが変わったり、適度な摩擦感があって紙に書いているのと同じような感触が得られればもっといい。さらに、タブレットペンは削る必要がないので、作業がどのくらい進んだのかわからないから、下線や重要マークが指定数を超えると、『そろそろ休憩しましょう。』などと、使用者をいたわってくれる機能もあると嬉しい。
 
 人間というのは、なかなかわがままなものである。
 

太陽光発電

 P社から太陽光発電に関してシミュレーションしてみないかとの電話があった。機関銃の様に立て続けに話すオペレーターであったが、折しもテレビでは九州の地震のニュースが1日の報道番組の大半を占める時である。蓄電池がついていることが売りのようであるが、屋根にパネルでも取りつけて地震でも来よう物なら、いくら2階に寝ていても危険そうである。ネット情報によると、パネルの重さは瓦などよりはるかに軽量で、その重さ故に地震の被害が大きくはならないとの事である。でも、素人考えではここ最近の強風などに対する強度を確保するためには、それ相応の土台を用意しなければならないし、それを固定するには建屋の丈夫な建材にネジ止めしなければならないだろうし、それが屋根上でゆさゆさしたら、瓦の重さ以上の負荷がかかるような気がする。又、最近の情報で、太陽光パネルが災害で損傷した場合は、ちゃんと手袋ををはめて、ケーブルは外すか切断して、パネルにはシートをかけろと記載されている。素人が扱うにはあまり安全な物ではなさそうだ。かといって、災害時には業者がすぐに駆けつけてくれるとは考えにくい。
 『電話してくる時期が悪いね。』なんて応答したら、『あの地震は地盤が悪い地方で、何度も高震度の地震が繰り返し生じたものだから、被害が大きくなったのだ』と説明してきた。この発言を聞いて仰天した。
 東京に住んでいて、地盤がしっかりしていると思ったことは一度もないし、まさしく首都直下型がいつ来るか心配しているのである。『地震の事を心配していたら何も出来ない』とも仰せになり、まあ人の考え方というのは様々だと思った。でも、この時期に太陽光パネルを考えてみろというのも、何とも時期を逸したセールスではないかと思った。もっとも、蓄電池は役に立つ、パネルはオプションだと言うなら少しは説得力がある。でも、大きな地震の時は蓄電池自体も損傷し、発火でもしないか心配である。一時期新型旅客機で新型バッテリーが発火して大惨事になりかけたことがあった。趣味でやっている電動のラジコンヘリ(ドローンではない)が墜落したときに、ローターでバッテリーに亀裂が入り煙が出たことがある。携帯電話でも、昔の出来の悪いバッテリーは平気で膨らんだことがあるし、リチウムイオンは侮れない。まあ、太陽光発電の蓄電池がどんな物かは知らないが、停電するような大きな地震災害の時のバックアップには役に立たないと思っている。
 5年前の東北地方の大地震の後に発電機を用意したことがあった。ガソリンで発電するもので、金属製のタンクまで買って停電に備えた事があった。確か、物置にまだあるはずである。一度試運転はしてみたことがあるが、今でも稼動するかどうかはあやしい。自動車が立派な自家発電装置であり、ガソリンタンクまで備えているし、発電機などは不要であるというのは後になって気付いた。
 地震の報道に接しながら、全国民が今のうちにじっくりと自分の身の回りの状態を確認し、いざという時に備えておく事が、被災地を支援すると同時に必要なことだと思っている。
 

自動車の自動運転

 『大変、大変・・・、車が大変なのよ。』
 1月のある日の昼下がり、午後の診療に備えて仮眠をとっていた私は、インターフォンの叫び声で起こされた。
 まあ、叫んでいるのは家内なのだが、『車が、車が・・・』だけで要領を得ない。どの程度大変なのか、別に大変レベルを決めているわけでもないので、とりあえず急いでセーターだけ着て表に飛び出してみた。騒ぎ方からして、急に煙でも出だしたか、植え込みにでも突っ込んだか、などと予想しながら家内のそばに行ってみると、何の事は無い。車は路地の中央に止まって異変はなさそうである。しかもやけに車がきれいなのである。
 この時点で、ようやく今日は家内の車の車検で、ディーラーが代車を置いていく日だと思い当たった。色や車種が同じで、気を利かせてディーラーが同じものの新型を置いていったのだろう。路地になんか停めないで、早く駐車場に入れれば良いのになんて思っていると、『車が動かないのよー』との事である。車のキーを差し出しながら、『鍵を差し込むところがないのよ。』と半分怒っている。
 キーを受け取って、車のキーなんて差し込むところはハンドルの右脇に決まっているじゃないかと思いながら運転席に座ったが、あるべき差し込み口が確かにない。少し離れたところにもそれらしいものはない。右になければ左だろうと思ったが、ここにもない。
 この時点でようやく、この車はキーレスなのだと気付いた。キーケースからキーを起こして渡すものだから、てっきり今まで乗っている車と同じように考えていたが、最近の車はボタンで始動する事になっているらしい。ここまで来れば、もうこっちの物で、オロオロする家内を尻目に、颯爽とSTARTと書いてある大きめのボタンを押してエンジンをかけた。もちろんブレーキペダルをちゃんと踏みながらである。快適にエンジンがかかり、家内の方をちらとどや顔で見ながら車を動かそうとしたが、これまた動かない。そうこうしている内に路地の向こうから、大きめのワゴン車が来てしまった。狭い路地なのですれ違えるはずもなく、これまた少し焦ってきた。そのうち、ワゴン車のじいさんが降りてきて早くどいてくれと言う。動かないと言うと、『サイドブレーキがかかってるんじゃないの』と。確かに車は動こうとするのであるが、ブレーキがかかっているようである。そこでサイドブレーキを探したが、これまたあるべき所にない。またじいさん曰く『フットブレーキになってるんじゃないの』。確かに昔乗っていた車でサイドブレーキも足でかける物があったが、それらしきものはない。じいさんはすでに怒り心頭である。狭い路地でバックするだけの技量は持ち合わせていないらしい。
 この時点になってようやく、サイドブレーキもボタンになっているのではと思い当たった。再度スタートボタン周辺を探してみると、小さなそれらしいレバーがあったので指で操作してみると、ようやく車は動き出した。
 人間の思い込みというのは危険で、キーがあれば、それを差し込む場所があると思い込んでしまう。サイドブレーキもいざというときに力任せに引く事もあるので、助手席との間のレバーとばかり思い込んでしまう。つくづく車の進化というか、知らない間の変化に振り回されてしまった。
 ディーラーの置いていった代車はすこぶる快調で、色や車種までそろえて持ってくるところなど、家内に『そろそろ買い換えろ』とプレッシャーをかけているものと思われた。家内は家内で、大騒ぎのことはすぐに忘れて『あれ、調子いいわ。安く置いていってくれないかしら。』などと言っている。
 車の自動運転の話があちこちで聞かれ始めた。自動車と言うくらいだから、将来的には自動で動くものになるのだろうが、まあ、テーマパークや大きな敷地内だけで、私の生きている間には公道を走るような物は出来ないと踏んでいる。

たまにはバスツアー


  以前家内からチラシを見せられて、『どれがいいか?』などと聞かれて、『まあ、この中ならこれかな。』などと気のない返事をしていたのだが、それが現実になってしまった。
 クラブツーリズムという会社が企画しているバスツアーの話である。修善寺の紅葉、駿河湾クルーズ、海鮮浜焼き・寿司食べ放題などと、晩秋のちょい旅にはもってこいの設定である。たまには外に出るのも悪くはないなと思っていたし、今年はまだ暖かい日が続いて、12月といえども伊豆あたりでは紅葉にはちょうど良いのではと感じていた。
 前にも、この会社の企画するバス旅行には参加したことがあるし、財布とスマホとカメラを持って気楽に出かけた。もちろん急な天候変化に備えてレインコートなどはリュックに入れてあるし、最初にバスに乗り込めればあとはガイド付きで、言われるままに行動すればいい。自分で計画を立てる醍醐味はないが、何しろ迷子にさえならなければ確実に連れて行って連れて帰ってくれる。しかも夫婦二人で行けば迷子にもならないだろう。それにこれまでの田舎への帰省や医師会の旅行などでも、スマホがナビ代わりになってくれて結構移動中も退屈しない。バスが今どの辺を走っているのかや、あとどのくらいで到着するのかが、初めて行く場所でも見当がつく。
 こうして準備万端で集合場所の丸の内鍜治橋駐車場に行ったが、ここはこういったバスツアーの集合場所らしく、次から次へとバスが出発していく。周りを見渡したが、やはり年齢層は我々アラ還よりは少し上といった感じである。家内いわく団塊の世代が孫も成人し、時間的にも余裕ができたのだろうということである。
 バスは少しゆったり気味の座席配分で、左右は二人の体重増加で少々狭いのであるが足元は充分であった。順調に東名高速を走り沼津で降りてまずお土産(ひものや、海苔、お茶など)を買った。その後三津浜で昼食前に駿河湾クルーズと称する観光船に乗り込んだ。船がエンジンをかけると、どこからかカモメが大群でやってきて、船内で一袋100円で売っているえびせんをねだるのである。もう、あまり人など恐れていないらしく、平気で頭の上に停まったりする。『頼むから頭の上でう○こだけはしないでくれ』と願いながら、このうるさいもてなしが湾内1周中続いた。えびせんばかり食べている割にはそんなに肥満でもなく、適度に運動も足りているのであろう。船が戻ってエンジンを切ると、このカモメたちはさっと離れて船から離れたところで海面に漂いながら待機している。カモメのステージをえびせんも買わずに写真ばかり撮っていたのが、何やら申し訳なくなってきた。


 その後、海鮮浜焼き・寿司食べ放題であったが、これもサザエが網の上で時々爆発?するので、食べ放題とはいえども何個も並べるわけにはいかず、びくびくしながらの昼食であった。ただ、フルーツやデザートもあって充分満足のいくものであった。
 さらにバスは修善寺もみじ林と周り、そこで1時間弱の腹こなしの散策を楽しんだ。暖かい日が続き、今年は紅葉にはあまり適していなかったのかもしれないが、その分12月に入ってもまだ充分楽しめた。唯一頂上から富士山が拝めなかったのが残念であったが、富士山はさっきのクルーズで充分写真に収めてある。
 その後、バスは中伊豆ワイナリーに寄ってを館内を見学。ここでも帰りの重さを考えもせず、ワイン3本とブドウジュースを買い込んでしまった。
 帰りの高速道路は予想された範囲内ではあるが渋滞となり、予定時間を約1時間位超過したが無事東京駅まで帰ってきた。
 1万円ちょっとで、こういったちょい旅をさせてくれるところなど、また家内が何か見つけてくれば行きたくなってしまいそうである。

コミュニケーション(スマホ編)


 9月14日にネット予約して、9月23日に商品入荷の連絡メールが来た。私を除いて家族全員が使っているリンゴマークのスマホの最新機種である。前回報告したようにLINEでのコミュニケーションで仲間に入れなかった私は、家族誰もがまだ機種変更していない最新機種で優位に立とうとしたのである。
 が、よくメールを見ると「8.ご予約商品の取り置き期間について 商品入荷のご連絡(ご連絡がとれない場合を含む)から3日以内に商品を受け取りに来られない場合はキャンセルとさせていただきます。」などと書いてある。ご連絡のメールが来たのが9月23日である。そうすると9月26日までに取りに行かないとキャンセル扱いとなるらしい。25日に販売開始して26日にはキャンセル扱いにするとは強気に出たものだ。というより、こんな商売が成り立つのかという気もする。これなら最新機種に機種交換できるのはよほど時間が自由に使える人か、学生さんだけであろう。
 売り手の方からキャンセルされても悔しいので予約したドコモショップに出向いてみた。そうすると、「本日の手続き枠はもう午後8:00までいっぱいです。土曜は午後7:00までの営業ですが延長しています。」などと言ってくる。顧客のためを思ったら徹夜でやれ、と言いそうになったが、そこはぐっとこらえて「明日の予約は取れますか?」と聞いたが、予約はすでに9/28の月曜日までいっぱいとのことである。しかもやはり3日以内に取りに来ないとキャンセル扱いだという。だが、今度は発売日から3日以内だという。メールの内容と違うが寿命が2日延びた感じだ。でも、月曜日まで予約でいっぱいなら結局期日までに受け取ることが出来ないことになる。これは困ったという顔をしていると、今度は後ろから副主任くらいの女性が出てきて、9/30まで期限を延長する手続きをすると言ってきた。多分もう少し粘れば更なる延長をしてくれそうだったが、水をさされて購買意欲が急になえてきた感じである。
 朝一番で来てくれれば何とか機種交換ができるかもとの話であったが、予約枠がいっぱいなのにどうして可能なのかと思ったが、この予約枠というのは来店予約であって手続きの予約ではないらしい。この年になってドコモの店頭に朝早くから並びたくもないし、いつもの患者さんに合わないとも限らない。「朝早くから先生こんなところで何してんの?」なんてことにもなりかねない。結局、息子を抱き込んで(金銭や貸し借りが絡んでいるが)、並んでみることにした。自分も息子も早起きには慣れている。何しろ散歩に行くといって、2匹のおバカ犬に朝5時ころから起こされている。
 でも、予想としてはまだまだ一波乱ありそうである。これまでの経験からして、最初からつまづいた時に、うまくいったためしがない。

 携帯電話の料金に関して引き下げが検討されていると聞く。もちろん携帯電話会社はこぞって反対らしいし、これ以上通信の速度制限や通信容量制限がきつくなっても困りものだとも思っていた。しかし、今回の対応からすると引き下げやむなしと言いたくもなる。

 

コミュニケーション(LINE編)


 最近、家内の方から「LINEで家族の部屋を作ったからちゃんと見ろ」との指令が来た。前からメールでのやり取りは慣れているし、メールであれば忙しいときは後で返事が出せるし、それはそれであまり不便は感じていなかった。しかも、行動範囲(もっぱら自宅とクリニックであるが)の要所要所にはスマホやタブレットを配置してあるし、メールのチェック位はほとんど日常生活の一行動になっている。おそらくメールをチェックしている頻度は日に100回まではいかないにしても数十回には及ぶと思う。メールもいくつかのアドレス(個人的なものやクリニック用のもの等)宛てに届いたものをまとめてあるので、商品の新発売とかバージョンアップとか、あまり重要でないものも含めて100通くらいは届いている。もちろん医師会関連やクリニックあてに届いた重要度の高いメールも含まれるので、必ずチェックだけはしている。(まあ多くは内容を見ることもなく開封済みにしているが)
 そこで、例の家内からの「LINE指令」であるが、一度夫婦だけで実家の方に帰省した時に利用したことがある。ちょうどお盆休みでもあり、広島の私と家内、長野の娘、東京の息子とのLINE合戦?となったわけであるが、私が「やっとホテルのWiFiにつながった」とメッセージを送っている間に、家内と娘と息子は各々3往復位のやり取りをしているのである。しかもクマやウサギのような動物が、謝ったり笑ったり泣いたりしたのが並んで、私の書き込み等はすぐに見えなくなってしまうのである。返事を入力している間に話題はすでに違うものになっていたり、とてもそのスピードについていけない。動物は簡単に送れることを習って、入力しようとしたが候補がいっぱい出てきてちょうどあったものを探すのに手間取ってしまう。結局、ひと区切りついて皆が「おやすみ」(クマやウサギが寝るのであるが)を言うまでに、私は2回しか会話に参加できなかった。


 世の中のスピードというかコミュニケーションはこれほどまでに変化してきているのであろうか。メールを送る時にも文章を何度か読み直して、相手に言外のニュアンスがうまく伝わるようにしてきたつもりであるが、世の中はすでに要点だけ伝わればそこに誤字・脱字があろうがなかろうが関係ない時代になってきているのかもしれない。もちろん行間からこちらの真意をくみ取ってもらうことなどは期待してはいけないのだろう。
 スマホの話になるが、2年前に機種変更してそろそろ分割払いが終わるころである。その間に家族は着々と新しい機種(リンゴマークのもの)に変更して、android端末を使っているのは私一人である。これは、要所要所に配置してあるタブレット等と連携をするためであったが、すでに時代は行動範囲が狭い人でもスマホを常に肌身離さずにいるのが当たり前になっているようである。そして、LINEでクマやウサギでやり取りをするのが常識になっているのかもしれない。

犬の散歩と公園

 毎日朝晩、犬の散歩に出かけているが、平均して5~6頭(匹)の顔見知りの散歩犬と出くわす。目黒区は飼い犬、飼い猫が意外と多いのかも知れない。前から飼っている 肥満ビーグルの方は、もう13才を超えたこともあり、そこら中を嗅ぎ回る位で、おとなしく引きずられていつものコースを回っている。5年前に来た規格外(大きい)チワワは、自分の体格を過信してか、平気で柴犬なんかに吠えかかっている。
 散歩コースの途中にいくつか小さな公園があるが、よく見ると看板に犬の散歩はお断りと書いてある。別に放し飼いにしている訳でもなく、途中粗相でもしようものなら、ティッシュとビニール袋と水の入ったペットボトルは常備していて、最低限のマナーは守っているつもりである。それでもだめなのかと思っていると、どうやら区のホームページにはちゃんと理由が書いてあった。以下がその引用である。

公園看板

 『区立の公園等は、基本的に誰でもが自由に利用できる場所として設置していますが、限られた貴重な都市空間を有効活用するためには、現時点では、犬を連れての公園等の利用は区としても制限または禁止せざるをえないものとなっています。
区民から寄せられるご要望では、犬好きの方、犬が怖い方、犬が嫌いな方と、人によって犬に対する感情はさまざまです。
 公園等で犬を散歩させてはいけないという法律や条例はありませんが、多くの人が利用する公園等では、一定のルールが必要です。
 実態では、ふん尿の不始末や不衛生な状態、東京都動物の愛護及び管理に関する条例で禁止されている放し飼いなど、一部の飼い主のマナーに反した公園等の利用のため、やむなく、区立公園条例第四条(行為の禁止)の12号に定める「公園の管理上支障があると認められる行為」を根拠として、看板等の表示により一部の区立公園を除いて、原則的に区立の公園等への犬の立ち入りを禁止しています。しかし実際には、看板等の表示は必ずしも守られていないケースがあります。
 このため、現実的な対応として、公園等の園路以外の芝生地や植込みに犬などのペットを連れての立入りは禁止し、それ以外の園路などの場所では、犬などに引き綱をつけていただくこと、放し飼い(ノーリード)は禁止であること、また、ふん尿を始末することなどを守っていただくことをお願いしています。』

 長くて要点が良くつかめない文章だが、要するに『公園等への犬の立ち入りは禁止』ということらしい。看板を出しているから、守らないのは飼い主のマナーの問題だと書いてある。でもマナーを守らないのなら、ノーリードやふん尿始末などの最低限のマナーを守って欲しいとも書いてある。何ともお役所的というか日本的な解決方法である。公園内でトラブルがあったときは、看板で立ち入り禁止としてあると言えるし、飼い主から公園は区民のものだと言われれば、入っても良いが最低限のマナーを守っていただくようお願いしていると言えるし、結局この辺の所はうやむやにしているのであろう。
 気の弱い私と肥満ビーグルは、長年ルールを厳格に守って決して公園には近付かないが、どこか広いところで思いっきり走らせてやりたいと思っている。というか思っていた。2年位前から肥満ビーグルの方は白内障で目がよく見えていないし、足腰も目立って弱くなってきた。以前は吠えかかっていた宅急便のカートがそばを通っても最近は気にならないらしい。