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第3回「動脈がつまる病気(その2)」 ~虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)~

1. はじめに

 患者さんの中で時々,狭心症と心筋梗塞は全く別の病気だと思っている方がいらっしゃいますが,この両者は病状から見ると紙一重の違いであり,的確な診断と迅速な治療が必要なことに変わりはありません。この辺の事情から述べていきたいと思います。

2.休む事の出来ない心臓

 心臓は絶えず拍動を続け全身に血液を送り出しています。その量は大体1分間に3~5リットルで丁度人間の体を流れている血液の総量に匹敵します。しかも体の隅々にまで有効に血液を供給するためには十分な血圧を維持しなければならず,心臓がポンプの働きとして行う仕事量は非常に大きなものとなります。従って心筋(心臓の筋肉)は大量の栄養分と酸素を必要とし,これらを送る専用の血管を持っています。これを冠状動脈・静脈といい,心臓を取り囲むように流れています。

heart 図1.冠状動脈

 この冠状動脈に血流障害が生ずるのが虚血性心疾患で,心筋が壊死に陥らずにすんでいるものが狭心症であり,心筋に壊死をおこしたものが心筋梗塞であります。多くは動脈硬化により血管の内腔が狭くなり,その部位で血流障害を起こしたり,血栓(けっせん:血のかたまり)により血管が詰まって発症します。  手足の筋肉であれば筋肉を休ませることにより症状が改善しますが,先に述べましたように心筋は休むわけにはいきません。胸痛でますます心拍数と血圧が上昇し心筋での血流不足を助長します。

3. 症状と注意事項

 症状としては一般的には前胸部痛とか絞扼感(しめつけられるような痛み)ということになっていますが,“心臓を素手でつかまれたような”とか“やけ火箸をあてられたような”痛みと表現され,どれも実際に体験したことはないようなものばかりではっきりしません。また心筋の虚血部位と程度によっても症状は様々なようです。背中(左肩甲骨あたり)や左肩の痛みを生ずることもありますし,ちょっとしたむねやけ程度のこともあります。少し余談になりますが,陸上競技では400m走というのが最も心臓にとっては過酷な競技で,限界を超えて走ると病気でなくても狭心症状が体験できるそうです。(経験者の話ですが)  ただ,ちくちくっとした痛みとか,数秒ですぐに改善する痛みは狭心症ではない場合が多く,また,痛みが限局していたり,押して痛みがわかるようなものはまず心臓が原因ではないでしょう。  では,周りにいる人たちは何に注意すればよいのでしょうか。急性心筋梗塞の場合,急激にショック状態に陥る場合もありますが(急性心筋梗塞全体の5~8%),中には胸苦しさのみを感じ,「少し休ませてくれ」と訴えることもあるようです。ここで大切なのは,本人を休ませても,本人の心臓は休んでいないということです。数分経っても症状が改善せず,しかも心臓の異変が疑われる場合は,すぐに救急を呼ぶのが無難です。

angina 図2.心筋虚血発作

4.迅速な診断と治療が生死を分ける

 急性冠症候群という言葉があります。冠状動脈の動脈硬化により血管内腔に生じた粥状硬化病変(じゅくじょうこうかびょうへん:コレステロールを主体としたかたまり)の破綻と血栓形成により急激に冠血流が障害される病態であります。診断がつき次第,血栓予防の薬剤を投与し,血栓を除去し狭窄部位を解除すれば心筋の壊死を最小限に防ぐことが出来,心機能を温存することが出来ます。筋肉が血流障害に耐えられるのは数時間が限度ですから,いかに迅速に治療に結びつけるかが重要です。 早く治療ができれば,それだけ救われる心筋が多くなり,後に心不全を生じないばかりか,手術が必要になった時も手術の危険性が低くてすみます。最近の救急指定病院では循環器科の専門医へすぐに連絡がつくようになっている場合がほとんどで,途絶えた冠状動脈の血流を何時間で再開通させる事が出来るかで治療成績が大きく左右されます。 血管がゆっくりと狭窄を起こし,徐々に血流障害が進行するのであれば,どこかで狭心症の症状に気付く事も多いはずなのですが,通常は前述のような仕組みで急に血管が詰まるものですから,普段元気で年1回の健康診断だけを受けているような方では,安静時の心電図だけでは異常を指摘されない場合もあります。その点からも前もってこの病気に対する的確な知識を身に付けておくことが必要と考えます。

5.治療に関して

 虚血性心疾患の治療方法も近年大きく変化しました。カテーテルを使った血管内治療(バルーン血管拡張,ステント留置)の進歩のみならず,外科手術の分野でも最近は心臓を止めないで冠状動脈バイパス術(拍動下冠状動脈血行再建術)が行われています。この辺の虚血性心疾患の診断と治療に関して,次回はもう少し詳しく述べさせていただきます。